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ボート池

三宝寺池、石神井池の二つの池を中心とした公園で、井の頭池・善福寺池と並び武蔵野三大湧水池の一つであり、武蔵野の自然が多く残されています。木々に囲まれた静かな趣のある三宝寺池と、ボートで賑わう石神井池のほかに、石神井城跡などの遺跡があります。

三宝寺池は古来より、武蔵野台地からの地下水が湧き出る池として存在しており、市民が散策でき自然や野鳥と共存できるる公園として整備されました。園内には、沼沢植物群や雑木林が見られ、23区内とは思えないほど緑豊かな武蔵野の面影を残しています。そのほか石神井城址や照姫にまつわる歴史的史跡や、野球場(合計3つ)、野外ステージ、ボート場や、売店もあります。

石神井池

石神井池

かつてこの石神井池の周辺には三宝寺池から水路が引かれ、田圃が広がっていましたが、この水路をせき止めて石神井池がつくられました。

今では、石神井池は通称“ボート池”とも呼ばれ、休日にはその名の通りボートに乗って楽しむ恋人や家族連れで賑わいます。
また、周囲には木陰も多く、読書や釣りなどの趣味を楽しむも多く、住民の憩いの場となっています。

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三宝寺池

三宝寺池

武蔵野三大湧水地のひとつで、江戸時代にはいかなる日照りにも涸れないと云われていました。また、三宝寺池は石神井川の水源でもあり、流域の豪族であった豊島氏もこの水の支配の為にこの池の側に石神井城を築城しました。しかし、現在では周辺の市街化など環境の変化により、かつての豊富な湧水は見られなくなり、井戸から地下水を汲みあげ池を満たしています。

しかし、池と周りをおおう木々は昔から変わることなく、四季それぞれに美しい姿を見せてくれます。また、池のほとりにめぐらされた遊歩道は自然観察や散策にとても便利です。

三宝寺池には“三宝寺池沼沢植物群落”があり、国の天然記念物に指定されています。
三宝寺池沼沢植物群落は、三宝寺池の中ノ島にある群落沼や沢などに生える植物の群落で、氷河期から遺存してきた寒冷地植物のミツガシワをはじめ、カキツバタ、コウホネなどがあります。かつては約50種あった植物も、水環境の変化などによりっ種類も個体数も減少し、現在では保護活動が行われています。

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花と野鳥

野鳥の看板

石神井公園の周囲には約170本のソメイヨシノやモミジがあり、花見や紅葉など四季折々の姿を見せてくれます。

中でも三宝寺池の畔には、ソメイヨシノ、ヤマザクラ、コブシなどがあり、それぞれ見事な花を咲かせます。さらに、水面に目を移すとカキツバタやスイレンの花が彩りを添えています。

冬には、オナガガモ、コガモ、マガモ、オシドリなどの水鳥が飛来し、カルガモやカイツブリは一年を通じて観察できます。

水鳥のほかには、カワセミ、シジュウカラ、アオジ、ウグイス、カワラヒワなどの野鳥も観察されています。

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石神井城址

石神井城址

鎌倉時代の末期に石神井郷を領有した豊島氏の居城跡が三宝寺池の南側にあります。城は中世の平城で三宝寺池と石神井川という自然の地形を利用して造られたようです。豊島氏は400年ものあいだ繁栄していましたが、文明9年(1477年)、当時の城主豊島泰経が太田道灌との合戦に敗れ、このとき城も落ちました。今では、わずかに空堀と土塁の遺構が残り、往時を偲ばせていますが、東京23区内では唯一よく残っている中世城跡といってよいようです。大正8年(1919年)に、「石神井城跡及び三宝寺池」として東京都指定旧跡に指定されました。

また、石神井公園周辺にも、此の地を治めていた豊島氏や、太田道灌にまつわる遺跡や神社が点在します。

三宝寺池には石神井城落城の際に豊島氏の姫、照姫が身を投げたと言う伝説があり、練馬区では照姫を偲んだ照姫まつりを1988年(昭和63年)より毎年4月-5月に開催しています。

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殿塚と姫塚

姫塚

道潅の軍勢に追われた泰経は、家宝の黄金の鞍を載せた白馬にまたがり三宝寺池に身を沈めました。娘、照姫も悲観のあまり、その後を追い池に身を投じたという豊島一族の最後を語る伝説の一つが、殿塚・姫塚として残っています。

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公園を舞台とした作品